客の話しをおおっぴらに・・
いくら、物故されているとはいえ、つけ場に立つ人が個別の客の話しを書くのは憚られると考えています。
私が丁稚していた時の親方には、言われました。
技術は、すばらしいと言われていますが、根本的に好きになれません。
逆の意味で、よく書いたな、とは思います。
ある座標軸での「最高」とそれを越えた何かがここにある
登場人物が圧巻である。白洲次郎・正子夫妻,小林秀雄,今日出海,高峰秀子,辻邦生,開高健,青山二郎,井上靖,谷川俊太郎,梅原龍三郎,新田次郎,市川新之助,…ほか小説家多数登場。読めば読むほどその入り組んだ人づきあいの数々と,「一読すると虚実取り混ぜたとしか思えないけれど,おそらく本当にあったであろう不思議なエピソード」がそこここにちりばめられている。伊達宮氏のルポの文体も軽妙洒脱であっという間に一気読みしてしまった。 内容も文体も極上の大吟醸種を楽しむかのような淡泊で後味がさわやかな読み応え。 ここに登場するのは,古き良き時代の上流社会の人々と言ってしまえばそれまで。ただし,良く読むと,それだけではない滋味深い真剣勝負の正統派上達論も含まれているのが素晴らしい。
スゴくて切ない。さびしさ満載
ある時期はマグロに関しては日本一で、このお店の常連さんが 京都の寿司屋にいくと「この前、きよ田さんでいつマグロを たべましたか?」と尋ねられて「一週間前」なんて答えると 絶対にマグロを出さなかったとか。作家や画家の交友記とだけくくりきれない、ものすごく鋭く 事物をみておられた新津さんの視点が鮮烈です。 それでいて本当に気持ちの優しい人で、辛い目にあったお客 さんを家族でもできないくらいの配慮でサポートしてあげる なんてところでは、思わず涙がこぼれました。 こんなすごい方が実在して「本物」だけを提供していたのか と思うと鳥肌が立ってきます。 もしも閉店なさっておいででなかったとしても私ごとき 木端侍は絶対に行けなかったでしょうが、世界のエスタブ リッシュメントには残念なことだったでしょう。 日本の皇室からシラク大統領からも信頼されていたとか。 もしできるなら続編を読んでみたい一冊です。
伝説の店
一流の人が集う店だった。もう二度とこういう店は現れない。 世の中に一流の人種がいなくなった。 そういう人種を相手に気合とカンどころとあくまで自分流で通す職人がほとんどいなくなった。 店は客が作りますと、新津の言うとおりの店だった。 新津武昭は「きよ田」を語るとき、鮨の握り方より自分のいた、素敵な人のいた店を語りたかったのだということが伝わる。 新津が去った後、二度と鮨は食わないといった常連が何人かいるらしい。 そこまで言わせた新津は、本編にあるとおり、鮨の偉人ではなく、あくまで職人だったのだろう。 そして天才であった彼はだからこそ、鮨のノウハウを語らないのだ。
ひかない魚とは?
ある種の都市伝説にまでなってしまっている銀座「きよ田」とその店主の新津武昭氏・・・すし喰いですしに関する書物を収集している私であるが、この本の存在には今まで全く気がつかなかった。この本には常連だった数々の著名人と店主との交流が生き生きと描かれており、その面白さに一気呵成に読んでしまった。しかし、すきやばし次郎の小野二郎氏に関する書物のようなすしそのものに対するこだわりや技術論、はたまたネタに関する蘊蓄などの記述は皆無であり、そのようなことをこの本に期待してはいけない。はっきり言ってしまえば一風変わった交友録に過ぎないのである。しかし、閉店前に一度でもいいから行ってみたかった・・・ところで「ひかない魚」って何?
求龍堂
江戸前「握り」 (光文社新書) いい街すし紀行 神田鶴八 ちょっと小粋な鮨ばなし すしの蘊蓄 旨さの秘密 (講談社プラスアルファ新書) すきやばし次郎―生涯一鮨職人
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